05/05/2018

おとついくらいに、東京に住む友人に半年ぶりくらいに会った。

小学校の同級生なので、そういえば親兄弟のつぎに長い付き合いの人間なんだな、といまきづいた。びびる

 

ちいさいころはそんなイメージはなかったのに、今となってはエネルギーの塊のようなひとで、とても尊敬している。

こっちに帰ってくるたびに連絡をくれるので、相当ありがたい。残念ながら共通の友人がいないので、近々開かれる彼女の結婚式には参加しないだろう。

 

東京行きの相談をしてみた。おいでよ、力になるよ、と言ってくれた。

こんな泥みたいな人間が、そこまで行動に移せるのだろうか。

 

生きる気力が少し戻った夜だった。そのことを、記しておきたいと思った。


29/04/2018

深夜のテンションで日記を開設。だいたい鬱テンションのときに更新するとおもうのでご注意ください。ついったでバアと毒を吐いて流す癖があるので、ふぉろわに申し訳ないかなというきもちで。

 

さいきんは人生においてやりたかったことを、無意識も含め消化しています。

なんちゃらというもの、でとっくす??自分ではそうおもっている。

やらなくて後悔してきたことを、やっている最中です

 

ので、満たされてはいるのだが、ああ今さら。。というきもちももちろん半端ない。

恥ずかしいきもちもめちゃくちゃある。でもそれを超えてやりたかったの気持ちが勝っていま現在手をつけているので、見守ってもらえたらとおもう。年齢を口にだすのが恥ずかしい年頃になってきた。

 

いまは現実逃避をして楽しいけれど、また現実を見たところですぐ逃げてしまうのだろうな。

ねたみの感情はいつまでたってもきえない

 

 

自分の限界がわかってきたのはつい最近です

ぎゃくに、がんばりたいことをがんばらなくなってきた。苦手は克服できないときづいた。

あたらしい人脈をつくったりとか、組織に加わるとか、対人関係のこと

じぶんのクソったれ具合が露呈されるしかないので、新しいひとと関わるのがこわくなってきた。で、諦めた。むりときづいた。

 

むだな努力をするくらいなら、欲しているものにそれを費やそう、とおもって、いま、やりたいことをしているのだと思います。

そんなところもクソったれだな、という自己嫌悪は一生ついてきます。

 

 

しゃべっている内容が一字一句たがわずテロップに流れる番組がおもしろいな、とおもいました。

 

 

いろいろを解消するにはおもっていることを書き出すのがいちばんだとおもっている

さいごに本を読んだのはいつだろう。

じぶんの遺伝子をのこす目標を放棄してしまえば、人生ってけっこうイージーなのかもしれない